DE MARTINI

DE MARTINI

ニューヨークを拠点とする老舗バッグブランド。
メッセンジャーバッグの元祖ともいえるブランドで、1970年代に自転車配達員の間で高い人気を誇っていました。
そのシンプルなデザインに機能性・堅牢性が評価されています。

↑(1970年代、当時のMESSENGER BAG)

DE MARTINI

1946-1960
創設者フランクは、帆船の帆のメーカーとして製造。
および一般修理をおこなう会社をニューヨークに設立。
当時のグローブ・キャンバス社は、キャンバス生地の天幕やテントおよび特殊な縫製品の製作を主な仕事としていた。

1960-1970
60年代、グローブ・キャンバス社は伝統的なビジネスに定着していた。
1965年、創設者フランクは電話会社の依頼により、自転車メッセンジャーの為に以前作ったバックを販売。
たちまち自転車メッセンジャーたちからの要望に応えるかたちで、バック製作の仕事がテントや特殊な縫製品を扱う仕事に取って代わるようになった。
バックはエアボーン・エア・フレームやコロンビア映画や地下鉄に広告を打つような会社から依頼されていたが、ほとんどのバックが自転車メッセンジャー達の専用グッズとみなされるようになった。
自転車メッセンジャー産業が成長するにつれフランクの作ったバックは好意的に迎えられ、すぐに各メッセンジャー会社の目に留まった。
最初の顧客のなかには、コールマン・ヤンガー・メッセンジャー・カンパニーがある。

1970-1980
70年代を通じて、自転車メッセンジャー産業が引き続き好況だったことを受けバックの人気は上昇、70年代終わりには顧客会社から特別な色を注文されるようになった。
モービルは赤、シティ・サイクルは黄色、エリートは黒、そしてウィールワイズはオレンジを選んだ。
この時期、グローブ・キャンバス社はニューヨーク市場で急増していた自転車メッセンジャー達がすぐに手に入れることの出来る唯一の自転車メッセンジャーバックメーカーとなった。
世界の他の都市もニューヨーク市の自転車メッセンジャー産業をお手本にし始めた。
※モービル、シティ・サイクル、エリート、ウィールワイズは1970-1980のメッセンジャー会社。


1980-1990
ニューヨーカー達がメッセンジャーバックに価値を見出したのと同じように80年代には多くの顧客が愛用するようになった。
1986年までには製造ラインを拡大し多種多様なバックの製造を開始。
ほとんどのバックはモットーストリート177番地の地下にある店で直接、個人客に販売された。
メッセンジャー会社の仕事が成長を続けるなか、当社のオリジナルバックに目をつけたファックス代行会社をはじめとした他の会社が、長年独占していた市場に参入し始めた。
1980年代終わり頃には、輸出ビジネスも始まり、ヨーロッパ、アジアからの注文も受けるようになり、また、生産ラインを拡大させ新市場も開拓した。
1985年ニューヨークタイムズ紙に当社に好意的な社説が掲載された

1990-2000
多くの新しい製造会社がメッセンジャーバックの製造を開始。
1995年までには、フランクはニュージャージー州にある家に引退し娘が事業を引き継いだ。


およそ50年にわたって実用的で信頼できる製品を作り続けてきたフランクのメッセンジャーバックは自転車メッセンジャー業界の象徴的な存在となり、同時にファッションアイテムともなりフランクのオリジナルを真似しようとする多くの新しい生産者たちを生み出した。

2000年、フランクは90歳でこの世を去った。


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